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小田原おしゃべり倶楽部
「幕末 の下田開港と世界史」
2026.10.9 伊東在住・伊豆の自然と歴史大好きアメリカ人Paul Hoffさん
米国出身で長年日本に暮らすポール・ホフ氏は、幕末の下田開港を伊豆の地域史だけでなく世界史の流れから読み解いた。
まず、伊豆半島と伊豆諸島を一体として捉える視点を示し、海上交通の要衝だった南伊豆の歴史を紹介。江戸時代には、西日本から江戸へ向かう廻船が下田周辺の港を利用し、下田には船舶を取り締まる役割もあった。

大航海時代に始まる欧州諸国のアジア進出、産業革命による製鉄技術と蒸気船の発達、ナポレオン戦争を経た世界貿易の拡大を説明した。アヘン戦争で清が英国に敗れたことは、日本にも衝撃を与え、海外事情や科学技術を学ぶ蘭学者の活動、海防の強化につながった。
米国は太平洋岸まで領土を広げ、捕鯨船の補給や航路確保の必要から日本との関係を求めた。1853年に来航したペリーは、翌年の日米和親条約で下田と箱館の開港を実現し、下田では条約の細目について追加交渉が行われた。
続いてロシアのプチャーチンが下田を訪れたが、安政東海地震の津波によりディアナ号が損傷、のちに沈没。戸田で日本の船大工たちの協力で代船が建造された。日露和親条約では島々の間に国境が定められた。
さらに、初代米国総領事ハリスによる交渉が日米修好通商条約へとつながり、横浜などの港が国際貿易の拠点になっていった。
下田を舞台にした出来事が、列強の動向、日本側の対応、技術と交易の変化に密接に結びついていたことを伝える講演だった。