令和8年1月22日
小田原史談会令和8年初詣
武蔵御嶽神社と吉川英治記念館を巡る
1月22日 7時30分、善男善女21名の初詣参拝者を乗せたバスは小田原駅西口を出発。
一路最初の目的地武蔵御嶽神社へ向かう。
青梅街道を通り、予定より早く御岳ケーブル滝本駅に到着。高低差423㍍、平均斜度22度の急勾配を一気に終点御嶽駅まで登る。皆さん久々に乗ったケーブルの目眩くような急角度に喚声をあげ、童心に返る。831㍍の御嶽駅につけば、そこはもう別天地。遠く都心のスカイツリーが見える。とにかく寒い。尾根道をのんびりと歩いていくと、御嶽山の御師の宿坊集落に入る。西の高野山に匹敵する20戸を超える宿坊が東京の西のはずれに今でも残っているのは、稀有のことだ。330段の最後の階段(女坂もある)を喘ぎながら登り詰めると、壮麗な幣殿、拝殿それに続く本殿が正面に出迎えてくれる。(ここが山頂で929㍍)
神職の須崎さんが待っていて、社殿を巡りながら説明をしてくれる。解説は次第に熱を帯びてきて、我々の質問にも即座に答えてくれる。拝殿前の左右には、北村西望作の狛犬ならぬお犬様が一対並び、背後の社殿にも江戸期のものが置かれ、さらに一段高くなったところには大口真神社(おおくちまがみしゃ)があって、ここにもお犬さま(オオカミ)が祀られている。日本武尊の昔から三峯神社を含むこの広い地域一帯はオオカミ信仰の聖地として有名だ。

今年一番の氷点下の寒さが募ってきたので、昼食場所の山香荘に移動。ここは作家浅田次郎氏の母方の実家であり、浅田氏が叔母から聞いたこの宿坊にまつわる不思議で怪異な話が一冊の短編集としてまとまっている。自然の食材を生かした料理に舌鼓を打ち、温かいお酒も入って、皆 さんやっと人心地を得る。ここでも主人から宿坊の歴史や講中について熱の入った話を聞くことができた。
山を下って多摩川渓谷沿いにある澤乃井・小澤酒造を見学。銘酒澤乃井の源泉も拝見。
最後は青梅市吉川英治記念館。疎開中に近くの豪農から譲って貰った豪壮な建物で、西側に増築した書斎を草思堂と名付け、小説の想を練ったという。この上にある記念館は吉川の生涯と作品が年代順によく整備展示され、皆さん懐かしそうに見入っていた。吉川は横浜生まれ、横浜育ちではあるが、実は先祖が小田原藩の下級武士で五石十人扶持の小禄であり、小田原とも関わりの深い小説家でもある。帰りは渋滞もなく、スムースに戻れ、予定の時刻より30分早く帰着できた。
諸星記
令和7年9月24日
小田原史談会 令和7年秋の史跡巡り
秋の一日、アクアラインを使って一気に房総半島
秋と銘打ったバスツアーでしたが、彼岸となり、いくらか過ごしやすくなりましたがまだ夏でした。東名高速から首都高速湾岸線に入り、工場群や自動車運搬船を見ながら、アクアラインのトンネルに入り、海ほたるで休憩して、遠くに東京や横浜の超高層ビル群を見ながらアクアラインの海上橋を渡り、木更津に着いた。
最初の見学地、狸囃子の伝説のある證誠寺に着いた。狸が腹鼓を打ちすぎてお腹をたたき破って死んでいたので、和尚さんは哀れに思って狸塚を作ったとの狸囃子の伝説の狸塚を見学した。また、作詞野口雨情、作曲中山晋平の童謡「證誠寺の狸ばやし」の碑がある。
金谷港の「ザ・フィシュ」で刺身定食の昼食をとり、対岸の三浦半島越しに小田原はどのあたりかなと思いながら丹沢・箱根のうしろに霞んでいるがひときわ高い冨士を眺めた。
鋸山は江戸時代から昭和まで房州石の採石場であった。鋸山南斜面は乾坤山日本寺の境内で、いくつかのコースがある。山頂駐車場でバスを降り、全員で浮彫の百尺観音を拝観して、山頂コース、千五百羅漢道コース、バスに戻るグループに分かれて石仏群をめぐった。私は千五百羅漢道を選んだ。アップダウンの激しい石段の道で手摺に掴まりながら転ばぬように慎重に歩いた。大仏を拝観してバスに戻った。
時間がなく、予定していた源頼朝上陸地をパスして、道の駅保田小学校でお土産を買い、帰途についた。アクアラインで事故渋滞があり、小田原帰着がおよそ1時間遅れた。

令和7年2月12日
小田原〇っと近たび
「三島神社(大井町)から曽我丘陵山麓の薬師仏を訪ねる」
国府津駅で御殿場線に乗り換え、上大井駅で下車した。上大井駅は無人駅で、切符をどこに置いたらよいか一瞬戸惑って駅を出た。駅は昭和のただずまいのレトロな駅舎です。
駅から歩いて行くと途中「箱根山」の酒造蔵「井上酒造店」の前を通り三島神社に着いた。宮司の御母堂様の説明で本殿右手の薬師堂に安置された薬師如来坐像(県重要指定文化財)を拝観し、本殿で参拝。三島神社には算額が奉納されており、明治15年に安藤為吉という人が作成したもので、縦72cm、横139.5cmの長方形の額に5つの図形が描かれている。町重要文化財指定に指定されている。実物は見ることができなかったが、レプリカを拝観した。
上大井駅から下曽我駅に電車で移動。下曽我駅から尾崎一雄の石碑や屋敷跡、墓地などを見学して、宗我神社に参拝し、筆子塚や社殿裏にある曽我兄弟の御霊社などの石造物を見学した。次の法輪寺に行く途中の紅梅は満開で、白梅も咲き始めており、風情あった。法輪寺ではご住職の寺宝の澄禅上人の二十五条袈裟と位牌、拘留孫仏舎利や寺の縁起のお話を拝聴した。薬師堂の平安時代末の作といわれる薬師如来と日光菩薩・月光菩薩を拝観した。

三島神社
