
小田原史談会のホームページへようこそ!
小田原史談会は小田原の歴史を語ろう、文化を創ろうという人たちが集まって1955年(昭和30年)に発足し、半世紀を超え活動をしております。
小田原といわれて連想するものに、小田原城、仇討ちで有名な曽我兄弟、戦国の武将北条早雲、弥次喜多の五右衛門風呂騒ぎ、薪を背負った二宮金次郎などがあり、 それぞれ人によりあるいは世代により関心が異なります。また「小田原までは江戸の内」といわれて江戸の文化がかなり色濃く残る土地柄ゆえ歴史を語る口調にも粋な風情が感じられます。
小田原地方を中心とする郷土の歴史を学びながら、先人の歩を後世に伝え、そして今、新しい時代に合う活動を始めて「温故知新」の道を歩みはじめています。
小田原史談会入会募集中
皆様の入会をお待ちしております。
○会費 一般会員 年額3千円
○入会のお申し込みは「お問合せ」からどうぞ。
〇史談会では次のような活動しています。
・会員には年に4回発行する会報を配布しています。
・会員参加の史跡巡りと初詣バスツアー、講演会・セミナー、輪読会など
トピックス
令和8年度小田原史談会年次総会および講演会開催
令和8年度小田原史談会年次総会及び講演会を下記の通り開催しました。
1.小田原史談会年次総会
日時:令和8年5月10日(日) 午後1時~2時
場所:おだわら市民交流センター(UMECO) 第1~第3会議室
2.小田原史談会総会講演会
講師:金子 浩之氏(日本考古学会協会員、立正大学講師)
演題:「北条早雲の伊豆国支配と小田原への侵攻過程」
日時:令和8年5月10日(日) 午後2時15分~4時30分
場所:おだわら市民交流センター(UMECO) 第1~第3会議室
講演の概要: 昭和までの説では、北条早雲(伊勢宗瑞)が小田原に奇計をめぐらせて攻め込んだのは明応4年(1495)であるとされてきたが、平成年間には古文書史料の検証から明応5年以降の事件だと修正されている。北条早雲の小田原侵攻時について、伝承を重視して「鎌倉大日記」などの記事、相模トラフ地震(関東大地震)が200年周期で起きていること、伊東市宇佐美の遺跡発掘調査で出土陶磁器から明応4年の津波による地層が見つかったことなどから、早雲の小田原進出が明応4年であると話された。
また早雲の小田原侵攻当時の大森氏の状況、早雲の伊豆侵攻状況についても話された。

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『小田原史談』285号 発刊
芹澤香代子さんの「北条氏直と二人の娘 縁了院殿肖像画と摩尼 珠院位牌について」は北条氏直と徳川家康の娘督姫との間に二人の娘があった。氏直の死後、督姫は池田輝政と再婚した。二人の間に家康の孫になる池田光仲が生まれ、鳥取藩祖となった。二人の娘の消息を尋ねた。摩尼珠院童女の位牌が京都・本教寺に督姫の肖像画と位牌と共にある。鳥取の妙要寺に縁了院殿肖像画と位牌が、宝塚市の妙玄寺に肖像画と供養塔がある。
浅川徹さんの「北条幻庵」は小田原おしゃべり倶楽部でのお話です。幻庵の妻子、事跡、久野の幻庵屋敷などを述べられた。
駒澤大学名誉教授久保田昌希さんの「永禄・天正期の今川、徳川氏と北条氏(下)」は小田原史談会創立記念セミナー講演録です。今川氏が武田信玄に攻められ滅亡した時の武田信玄、北条氏、徳川家康の動向とからみ、氏真と早川殿は慶長19年、慶長18年に江戸でなくなった。などを講演された。
鳥越銑之助さんの「武藏御嶽神社と吉川英治記念館を巡る」は小田原史談会令和八年「初詣」の報告です。