令和8年3月27日
〇っと近たび
-桜花咲く秦野盆地と湧水群をめぐる-
参加者13名、好天に恵まれ、秦野盆地南地区の桜と湧水群を巡ってきました。
湧水地は、5ヶ所を見学。どの湧水も特色があり、周囲の環境とマッチしてよく整備された湧水地帯だと感じました。「今泉あらい湧水公園」は、新しい住宅街の中にあって、子供たちが水に親しむようにと作られたビオトープのような細長い流水の池。「まいまいの泉」のまいまいとはカタツムリのことで、形がカタツムリの殻のような漏斗状の井戸なのでこの名前がついたものだといいます。今でも20㍍の地下から自噴している現役の湧水です。元気よく滾々と湧出していたのが「兵庫の泉」で、近所の人たちが水汲みと井戸端ばなしによく集まってくる場所になっています。隣には泉の名前の由来となった人物の子孫が開いている豆腐屋がありました。白笹稲荷神社では「ヒカリゴケの泉」と「一貫田湧水」がありましたが、どこから水が湧き出ているのか分かりにくい。宮司さんが本殿にまで上がらせてくれ、神社の由緒や歴史を穏やかな口ぶりで丁寧に説明してくれたのはとても有難かった。

兵庫の泉
桜の名所は3カ所。桜の満開まであと少しという感じでしたが、風情は十分が感じられました。圧巻は南小学校の校庭に咲くソメイヨシノで、樹齢135年にも垂々とする小学校のシンボルツリーであり、この地域の人々の誇りとなっている桜です。最後は太岳院に眠る考古学者の直良信夫氏のお墓をお参りし、今泉桜公園の池畔を縁取る桜道をそぞろ歩きし、予定時刻より遅れましたが、みなさん桜と湧水群を堪能して解散となりました。
諸星記
令和8年1月22日
小田原史談会令和8年初詣
武蔵御嶽神社と吉川英治記念館を巡る
1月22日 7時30分、善男善女21名の初詣参拝者を乗せたバスは小田原駅西口を出発。
一路最初の目的地武蔵御嶽神社へ向かう。
青梅街道を通り、予定より早く御岳ケーブル滝本駅に到着。高低差423㍍、平均斜度22度の急勾配を一気に終点御嶽駅まで登る。皆さん久々に乗ったケーブルの目眩くような急角度に喚声をあげ、童心に返る。831㍍の御嶽駅につけば、そこはもう別天地。遠く都心のスカイツリーが見える。とにかく寒い。尾根道をのんびりと歩いていくと、御嶽山の御師の宿坊集落に入る。西の高野山に匹敵する20戸を超える宿坊が東京の西のはずれに今でも残っているのは、稀有のことだ。330段の最後の階段(女坂もある)を喘ぎながら登り詰めると、壮麗な幣殿、拝殿それに続く本殿が正面に出迎えてくれる。(ここが山頂で929㍍)
神職の須崎さんが待っていて、社殿を巡りながら説明をしてくれる。解説は次第に熱を帯びてきて、我々の質問にも即座に答えてくれる。拝殿前の左右には、北村西望作の狛犬ならぬお犬様が一対並び、背後の社殿にも江戸期のものが置かれ、さらに一段高くなったところには大口真神社(おおくちまがみしゃ)があって、ここにもお犬さま(オオカミ)が祀られている。日本武尊の昔から三峯神社を含むこの広い地域一帯はオオカミ信仰の聖地として有名だ。

今年一番の氷点下の寒さが募ってきたので、昼食場所の山香荘に移動。ここは作家浅田次郎氏の母方の実家であり、浅田氏が叔母から聞いたこの宿坊にまつわる不思議で怪異な話が一冊の短編集としてまとまっている。自然の食材を生かした料理に舌鼓を打ち、温かいお酒も入って、皆さんやっと人心地を得る。ここでも主人から宿坊の歴史や講中について熱の入った話を聞くことができた。
山を下って多摩川渓谷沿いにある澤乃井・小澤酒造を見学。銘酒澤乃井の源泉も拝見。
最後は青梅市吉川英治記念館。疎開中に近くの豪農から譲って貰った豪壮な建物で、西側に増築した書斎を草思堂と名付け、小説の想を練ったという。この上にある記念館は吉川の生涯と作品が年代順によく整備展示され、皆さん懐かしそうに見入っていた。吉川は横浜生まれ、横浜育ちではあるが、実は先祖が小田原藩の下級武士で五石十人扶持の小禄であり、小田原とも関わりの深い小説家でもある。帰りは渋滞もなく、スムースに戻れ、予定の時刻より30分早く帰着できた。