講演会

 相模湾からみた人類の歴史

令和4年 5月

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東京大学総合文化研究科

特任研究員 杉山 浩平氏

黒潮は本州南岸を蛇行して流れて、分流が相模湾に入る。
旧石器時代、縄文時代にはすでに海を渡り神津島に黒曜石を求めた人々がいた。小田原地域での稲作は弥生時代前期に開始。土器は伊勢湾西岸のものと形態文様が共通し、伊勢湾➝伊豆諸島➝西相模と稲作文化が伝播。小田原市の中里遺跡は弥生時代中期の集落で、伊勢湾西岸の形状の黒曜石の石鏃、器形・文様の土器が出土しており、伊勢湾西岸の人々(海人)が航海を担い黒潮に沿い相模湾へ。中里に弥生のムラがつくられ、相模湾沿岸地域は関東地方の弥生文化の起点となった。

「小田原史談」第271号(2022年10月)に掲載予定

 

小田原藩の藩政改革 -中興の祖 大久保忠真-

​令和元年6月

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東海大学教育開発研究センター

馬場弘臣教授

大久保忠真の藩政改革を数字に基づいて話された。富士山噴火で荒廃地となった城付き地6万6千石 が幕府に上知され復興され、返還されたが、藩の年貢米は宝永5(1708)年の4.4万石から返還後の1755年には2.8万石弱に減少し、回復に100年を要した。
忠真は①藩財政の再建②民政改革③人材育成④海防の4つの藩政改革を進めた。
忠真が幕閣入りしたことで出来た上方商人との取引きと収益の低い領地替え運動。忠真マジックと云うべき積金趣法(藩営無尽講)による借財返済。10ケ年勝手向改革で、藩の土台(財政収支)を定め、10ケ年の倹約を命じた。
報徳仕法の領内導入は忠真の改革の一部であった。

「小田原史談」第259号(2019年10月) 第260号(2020年1月号)掲載

 

伊豆と北条水軍 -「小田原海賊」のことなど-

​平成30年5月

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沼津市歴史民俗資料館

鈴木裕篤館長

早雲の伊豆攻め、武田、徳川、豊臣水軍との戦い、大型の安宅船、長浜城など水軍の城、
伊豆の村人は海賊衆になるのではなく紀伊から招聘した梶原水軍を支える税の梶原番銭を払ったこと、北条水軍は自ら攻めるのではなく領土と領民を守る水軍であったことなど北条水軍の伊豆における実相を話された。

「小田原史談」第255号(2018年10月)掲載

後北条氏以前の小田原 

    -政治、社会状況からみる鎌倉・室町時代の小田原地域-

​平成29年5月

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京都造形芸術大学

野村朋弘准教授

小田原の歴史遺産といえば、戦国時代の後北条に関連する事柄が筆頭に挙げられる。

しかし後北条が小田原に入る以前も、平安時代からの荘園や小早川・土肥・大森といった武士がいる。また紀行文に記された和歌でも読まれていた地域でもあった。

そうした後北条以前の小田原の姿を史料を用いつつ考えてみたいと思います。

「小田原史談」第250号(2017年 7月) 第251号(2017年10月号)掲載

 

セミナー

 

足柄平野の梨業調査から

小田原市郷土文化館地域資源調査委員

松田町文化財保護委員  遠藤孝徳氏

令和元年11月30日 実施

「小田原史談」第266号 掲載

小田原の民俗資料からわかること

小田原市郷土文化館学芸員 保坂 匠氏

平成30年11月23日 実施

「小田原史談」第257号 掲載

小田原市内の発掘調査

小田原市文化財課 山口 剛志氏

平成30年 8月19日 実施

「小田原史談」第255号 掲載

火山の国イタリアと日本

東京大学総合文化研究科特任研究員 杉山 浩平氏

平成28年11月19日 実施

「小田原史談」第248号 掲載

小田原の歴史を掘る:第6回江戸時代の小田原

小田原市文化財課 山口 剛志氏

平成28年 8月27日 実施

「小田原史談」第247号 掲載

小田原の歴史を掘る:第5回北条時代の小田原城と御用米曲輪

小田原市文化財課 渡辺 千尋氏

平成28年 5月25日 実施

「小田原史談」号 掲載

小田原の歴史を掘る

 第3回古墳時代後期から奈良・平安時代の小田原

小田原市文化財課 渡辺 千尋氏

平成27年12月19日 実施

「小田原史談」第245号 掲載

小田原の歴史を掘る:第2回弥生・古墳時代前期の小田原

小田原市文化財課 土屋 了介氏

平成27年 8月29日 実施

「小田原史談」第243号 掲載

小田原の歴史を掘る:第1回旧石器・縄文時代 

小田原市文化財課 土屋 了介氏

平成27年 5月30日 実施

「小田原史談」第243号 掲載

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